大判例

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福岡高等裁判所 昭和47年(う)191号 判決 1972年9月14日

本籍と住居

福岡県飯塚市吉原町五四六の二

医師

豊永敬一郎

明治三六年五月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四七年三月一三日福岡地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤美文提出の控除趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意(量刑不当)について

よつて、本件記録および原審で取調べた証拠に現われている犯情を検討するに、被告人は、経営する保険医の適用を受けない豊永医院分の診療収入が増加するに伴い、かねて(昭和三九年頃)より脱税の目的で申告する所得金額を過少に計上し、同四二年七月頃には飯塚税務署の調査により、同四一年度および同四二年度分の収入除外を発見されて追徴税を納付するに至つたにも拘わらず、引続いて本件脱税の所為に及び、二ケ年度分につき、いずれも、申告する所得額を予め少額に定め、これに見合う収入を計上するため豊永医院の診療収入金の一部(約七〇%)を除外し、または架空の経費を計上し、或は、保険医の適用を受ける同飯塚保養院の架空経費の計上を指示するなど計画的に所得額および所得税額を過少に申告し、申告すべき総所得金額合計一憶五、二七八万余円を七、四〇六万余円と、また納付すべき所得税額は合計七、八六八万余円を一、三三八万余円と申告し、免れた所得税額は合計六、五二九万余円の高額に達するものであること等の諸般の犯情にかんがみるときは、所論指摘の被告人に利益な諸点を十分考慮に入れても、被告人に対する原判決の科刑は重すぎることはなくなお相当と言い得るものであつて、その他記録を精査しても、これを不当とすべき事由を発見することができない。論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

検察官 森崎猛 出席

(裁判長裁判官 藤田哲夫 裁判官 平田勝雅 裁判官 井上武次)

右は謄本である。

昭和四七年九月二七日

福岡高等裁判所

裁判所書記官 久保山一

右は謄本である。

昭和四七年一二月五日

福岡高等検察庁

検察事務官 横手誠人

控訴趣意書

被告人 豊永敬一郎

右のものに対する貴庁昭和四七年(う)第一九一号所得税法違反被告事件につき左の通り控訴趣意を提出します。

控訴の理由

原判決は刑の量定が不当である。それは、つぎのような理由があるからである。

第一、本件犯行の態様は、決して悪質ではない。

成程被告人は簿外カルテを作成して、収入を除外し、給料、賃金、薬品等につき、架空の経費を計上して、費用を水増し、もつて所得の粉飾を図つている。しかし所得を誤魔化すには、これ以外方法はない。ということは所得税違反の事件は、ほとんど同じ態用の犯罪といえる。だから悪質であるか否かの判定は、別の角度から検討されるべきである。脱税の技法が巧妙であるかどうか、又容易にその逋脱の証拠が掴めるかどうか。或は、税法の悪意に満ちた濫用であるかどうか、等が、その判定の基準になるといえる。

税当局の調査で直ちに、その逋脱が発覚するようなものは、その手口は幼稚なものであり、決して悪意ではない。被告人は国税局の調査が入つてすぐ即ち昭和四五年三月一八日に、所得を三、〇〇〇万円増加して修正申告をなし(記録第二冊一四九葉)それも良心の呵責にたえかねて申告している(記録第一冊八八葉表)又簿外カルテを全部調査官に提出し、架空名義の預金も明らかにしている(第一冊一二三葉表、裏)

この事は、被告人の脱税技法がいかに単純であるかを証左するものといえる。本件の犯行の手口は決して悪質ではない。

第二、本件の脱税金額は確かに多額であり、逋脱率も高い。しかし、それが直ちに件事責任の軽重を決定するものであるとはいえない。

(一) 逋脱率について

検察官は論告中逋脱率について、四三年分が七七、八%、四四年分が八七、七%であると被告人を非難している。

原判決も、これを認めて、量件の判断の資料にこのことを加えている事は間違ない。

しかし、右逋脱率は、申告納税額の逋脱率であつて、所得金額の逋脱率ではない。その理由はこうである。原判決は昭和四三年の総所得金額は、六七五一万九四八四円でこれに対する所得税額が三二九二万七五〇〇円であるのに、総所得金額が三〇三七万七三二八円であり、これに対する所得税額が七三一万五〇〇〇円である旨虚偽の申告をしたと判断しているが、所得六七五一万九四八四円に対する所得税額は、四一二一万五五二七円であり所得金額三〇三七万七三二八円に対する所得税額は一五六〇万三一〇〇円である。記録第二冊一四七葉裏をみてわかるように<28>の欄の所得税額は、一五六〇万三一〇〇円で、そのうち源泉徴収金額が八二八万八〇二七円あるので申告納税額が七三一万五〇〇〇円となつているのである。だから六七五一万九四八四円に対する所得税額は、三二九二万七五〇〇円に源泉の八二八万八〇二七円を加算しなければならない。

そうであるとすれば、四三年分の所得税額の逋脱率は二五六一万二五〇〇円を四一二一万五五二七円で除した比率六二%である。

同様に昭和四四年も所得金額八五二六万六四九六円に対する所得税額は、四五七五万三一〇〇円に源泉徴収金額八四三万五〇六〇円を加算した五四一八万八一六〇円であり、所得金額二八七八万六六一三円に対する所得税額は一四五〇万六九〇〇円である。六〇七万一八〇〇円は申告納税額である。(記録第二冊一四八葉裏)そうすると所得税額の逋脱率は、三九六八万一三〇〇円を五四一八万八一六〇円で除した約七三%となる。

こうみると、原判決には、量刑に影響する事実誤認があるといわなければならない。

(二) 脱税の金額について

確かに被告人は四三年分は、二五六一万二五〇〇円、四四年分は、三九六八万一三〇〇円計六五二九万三八〇〇円という極めて高額の脱税をしている。しかし、昭和四三年分についてみると、被告人が申告した所得金額三〇三七万七三二八円でも、被告人は福岡県で第二位であり(第一冊一一四葉表)

この所得金額があれば、東京都でも一一~一二位、位となる(第一冊一一五葉表)被告人は飯塚税務署に相談して、福岡県下で一、二番になるよう申告すればよいといわれて、自己の欲も加わつて、この程度の申告をしたのである(第一二九葉裏)

従つて、脱税の金額が高額であつても、右のような事情を考えるとき、被告人の場合、原判決の量刑程、悪質ではないといわなければならない。

第三、本件の所得金額には、被告人が、四〇年かかつて作り上げた被告人の特殊技術についての減価償却費が考慮されていない。

本件において所得は、損益計算書により算出されている。従つて正確な所得をうるためには、売上高と費用の総額が網羅されなければならない。売上については、カルテがあるので売上の脱漏はないとみてよいが、費用については、これをささえる証拠も少いし、果して、売上高に対応する費用が適正に計上されているか疑問であるしかし、被告人が一応所得金額については争わないが、問題は、技術研究開発費の償却である。

痔に対する特殊技術には、四〇年間の被告の莫大な労力と時間と費用が投入されている。この特殊技術は、やつと四、五年前から世に知られるようになつたのである。(一二六葉裏、一二七葉表)

従つて、ここ四、五年の売上の成果は当然、過去四〇年間の努力の結果であつてみれば、投下された研究費は繰延資産として、毎年償却されるべきである。しかし、本件の所得計算には、この事が、全く考慮されていない本件について、被告が所得金額を争わないならば、右の事情は当然、量刑に勘案されるべきである。

第四、本件犯行の動機について

被告人は、犯行の動機について

(一) 精神病院(飯塚保養院)が老朽してをり保健所からも鉄筋コンクリートに改築するよう勧告をうけていたのでその資金つくりに、

(二) 租税特別措置法に対する矛盾の気持。被告人はよい薬を使い、保険医よりも薬代がかかるのに、費用は保険医のように、認められない。

(三) 飯塚税務署に相談して、福岡県下で、一、二番の所得を出せば、よいといわれ、そのような申告を出した。とのべている。(一二九葉表、裏)

しかし、ここで問題であるのは租税特別措置法である。

肛門科の四三年分の売上等を検討してみると

売上高は、四四二六万七八三〇円で、利益は三四六一万六七七一円とみられている(五二葉五三葉)。従つて四四二六万七八三〇円の売上に対し費用は、九六五万一〇五九円が認められているに過ぎない。費用の売上に対する比率は二二%である。これに対し、租税特別措置法では、売上に対し、七二%が費用として認められているだから被告人とは、費用と所得との比率が全く逆である。被告人がこれに対し、矛盾を感じるのは、首肯できるそれでも被告人は、福岡県で一、二位の所得を申告している。いつてみれば租税特別措置法は、天下の悪法である。保険医は、所得がありながら低所得として申告し、税の重荷をのがれている。

被告人の治療の場合、保険を使うより安くてしかも、日数がかからない。社会的にも有利な治療方法でありながら、税金は、保険より、はるかに高い。被告人はこの矛盾に、たええず、ついに本件の犯行ををかしたのである原判決に摘示してある如く被告人の四四年の所得は八五二六万六四九六円である。医者では、日本一の所得である。そうであれば本件犯行を、被告人一人の責任に負わせる事は、余りに酷であるといわなければならない。

第五、被告人は、重加算税等を支払つて十分に罪を償つている。

被告人は、昭和四三年分は、六七五一万九四八四円の所得で税額は、四一二一万五五二七円である。四四年は所得が八五二六万六四九六円で税額は五四一八万八一六〇円である。そして所得税については、すでに完納している。記録第二冊一四七葉裏で、四三年分は源泉徴収により、記録第一冊一〇七葉によりその残りを。(この合計額が税額四一二一万五五二七円とほんの僅か相違するのは、逋脱の対象とならない所得があつたからである)。同様に四四年分も記録第二冊一四八葉で源泉徴収により支払い、残りは記録第一冊一〇八葉により完納。

こうみると被告人は、四三年、四四年の所得合計一億五二七八万五九八〇円に対し、本税九五四〇万三六八七円を支払つている。

この外に、重加算税一九六一万九一〇〇円利子税一万五四〇〇円延滞税三八〇万八〇〇円を支払つている。((記録一〇七、一〇八葉)もつとも重加算税は八六四万七〇〇円が未納となつているが、現在は、未納の残額が五〇〇万円でこれに対し、毎月五〇万円の約束手形を税務署に提出している。

さて、これら本税、重加算税等の合計は一億一八八三万八九八七円であるが、これに又地方税として(事業税県市民税(約一、二〇〇万円を支払らわなくてはならぬ。そうすると被告人は、所得一億五二〇〇万円に対し、約一億三〇〇〇万円を支払つた事になる。こうみると被告人は、重加算税、延滞税等で、十分、刑事責任を果していることになる。この上に、罰金八〇〇万円を科せられる事は、生きて働く希望さえも失わせる事になる。

第六、被告人は、すでに六九才の老齢である。体に無理がきかなくなつたので午前中診療して、午後は、息子に患者、をまわしている。(記録一三〇葉裏)昭和四六年分の所得が五五〇〇万円であつて手取金額は、約二〇〇〇万円である。(記録一三一葉裏)この手取金額も被告人の生活があるので、税金のための借入金に返済できる金は、年間一、二〇〇万円位である。それに被告人は、いつまで所得五五〇〇万円の稼ぎをつづけうるか、年齢的に極めて疑問である。被告人に架空名義の預金があつたとしても、この借入金の返済には五、六年もかかる。従つて、この上被告人に罰金八〇〇万円を科すのは酷であると、いわなければならない。

第七、被告人は本件については十分に反省している。現在は、占部公認会計士に経理を一任している。同人は、伝票の妥当性までも確めている(九五葉裏、九六葉表)昭和四五年分の申告も正直にしている。四五年分は、多少所得が修正されたが、これは、故意にもとづく脱税でなく計算上及び法令解釈の誤りからきたものである(九七葉表裏)現在精神科の保養院は息子にゆづり被告人は、肛門科だけで、その経理は、占部公認会計士に一任している。恐らく再度、所得税を逋脱することはないと確信する。

以上の諸事情を考えるとき、懲役一〇月に更に罰金八〇〇万円は余りにも、刑の量定が不当である医師という社会的地位にある者にとつて、懲役一〇月は、酷して役罰である。しかし被告人は、自己の犯した罪の償いとして、この処罰には耐えて行く覚悟であるが、その上に、罰金八〇〇万円の処罰は余りにも不当であるといえる。

いづれにしろ、原判決は量刑不当で破棄されるべきである。

昭和四七年六月一〇日

右弁護人 加藤美文

福岡高等裁判所

第一刑事部 御中

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